脳梗塞2(失うということ)

「父の腕時計が母の身代わり」と書いたけれど、時計ひとつと人間の命を等しく天秤にかけたわけではない。それらは同等には計れない。

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上手く説明出来ないが、私の身の上に、何か大切なものを失うという事だけがおそらく決まっており、もしかしたら母となったかもしれないところを父の時計が肩代わりしてくれたような気がするのだ。なんだかそんな気がする、というだけでそれ以上の説明は出来ない。

私には傘を置き忘れたり、定期券を落としたり、時計をなくしたりといった事がほぼなく、物を落とすとかなくすとかいった事はちょっとした事件なのだ。まして、いつも使っている形見の腕時計など失うタイミングがないはずなのに、それがなくなるとは。

満ちれば欠け、欠ければ満ち、何かを得れば何かを失い、何かを失えば何かを得、それらの織りなす様は一様ではなく多元的で複雑で、失ったものが小さな腕時計だけであったことは幸いで、得たものの方が大きいのかもしれない。